繊維の街足利


繊維の街足利市は奈良時代(西暦700年代)に絹織物を朝廷に献上した歴史があります。足利織物としては18世紀半ば頃より、絹織物、絹綿交織織物で独自の生産地として発展し、足利銘仙、足利トリコット等の隆盛を経て繊維の街足利として全国に知られています。足利市は足利荘として平安時代より歴史に名を残しています。平将門の乱を平定した藤原秀郷を祖とする藤性足利氏が領しました。清和源氏源義家の開発地が子義国によりの安楽寿院(鳥羽上皇が建てた寺)に寄進(八条院領)。

足利荘が成立 。1150年(久安6年) - 源義国、足利荘に下向し源姓足利氏と藤性足利氏との対立し、源頼朝により藤性足利氏が滅亡し、以後源性足利市が支配しました。この足利氏の子孫が室町幕府を起こした足利尊氏です。

足利市には日本最古の学校である足利学校もあります。成立年代は諸説ありますが室町時代には学ぶ生徒3000以上と記録もあり、キリスト教の宣教師フランシスコ・ザビエルは「日本国中最も大にして最も有名な坂東のアカデミー(坂東の大学)」と記し、足利学校は海外にまでその名が伝えられたました。当社初山染工のある借宿町は前九年の役・後三年の役に出陣した源氏が借りの宿を置いたことに由来し、源氏屋敷と呼ばれる地域でもあります。